ラテン文字
テンプレート:characters ラテン文字とは、現実世界で最も広く用いられている文字体系である。本来はラテン語の表記に用いられていた文字であるが、現在では事実上の国際語である英語をはじめとして世界の様々な言語の表記に用いられている。非ラテン文字圏の言語であってもラテン文字への転写法が定められている場合が多い[1]。
日本に於いては単に「アルファベット」と呼ばれることが多いが、アルファベットとは表音文字の類型のひとつを表す語であり[2]、ギリシア文字やキリル文字などもアルファベットであることに注意を要する。
特徴
- 音素文字であり、アルファベット類型の文字体系のひとつである。原則としてひとつの文字がひとつの母音音素または子音音素を表す。
- 左から右へ向かって読み書きする。
- 大文字と小文字の使い分けが存在し、多くの言語の正書法に於いて、文頭の1文字と固有名詞の先頭1文字を大文字で表記し、それ以外はすべて小文字で表記する。ただしドイツ語では名詞の先頭を必ず大文字表記する。英語では固有名詞からの派生語(Japanに対してJapaneseなど)や月や曜日の名前の先頭を大文字表記するが、大陸ヨーロッパの言語では小文字表記となる。
- 様々な言語の表記に用いられるため、綴り字と発音を結び付けるルール(フォニックス)は言語によって様々である。b、f、l、mなどどの言語でもおおむね同じ音を表す文字がある一方で、cやxのように言語によって全く異なる発音を表し得る文字もある。そのため、ラテン文字表記の言語を学ぶ際は、真っ先にその言語に於ける綴り字の読み方を身に着ける必要がある。
- 基本のラテン文字26字のうち、母音字は5個(Yを母音字として扱う場合は6個)、それ以外が子音字だが、言語によっては基本の26字だけではその言語に存在する音素を充分に書き分けられない場合があり、そのような場合はダイグラフ(二重音字。chやngなど)を用いたり、ダイアクリティカルマーク(á、šなど)や特殊文字(æ、þなど)を用いるなどの工夫が行われる。言語によっては表音主義が徹底しておらず、同じ綴り字に対して複数種類の発音を割り当てている例もある。
人工言語に於ける利用
ラテン文字を正書法とする人工言語
エスペラントなど国際補助語として作られた人工言語では、既に国際的に広く普及しているラテン文字を正書法として採用している言語が多い。[3]
独自文字を持つ人工言語
芸術言語はしばしば独自の文字(架空文字)を持つが、そのままではコンピューター上で扱うことが難しいため、ラテン文字に転写して使うのが普通である。
コンピューター上で扱うことができる文字であれば必ずしもラテン文字である必要はないのだが、ラテン文字は、
- 国際的な通用度が高い
- アルファベット類型の音素文字であり、ひとつの文字がひとつの母音音素または子音音素に対応するというシステムのため、どのような音韻や音節構造を持った言語にも対応しやすい[4]
- 日本人が普段使っているキーボードでそのまま入力しやすい
- 綴り字と発音の関係(フォニックス)の設定に関して人工言語作者の裁量の余地が大きい(特にc、q、xなどは言語によって様々な音を表し得るため、文字のイメージに拘束されずに音を割り当てやすい)ことと、ダイアクリティカルマーク付きの文字が豊富にそろっていることにより、自言語の音韻に合わせたカスタマイズがしやすい[5]
・・・などの理由により、特別な理由がない限り転写にはラテン文字が使われることが多い。[6]
自然言語をラテン文字表記するときと同様に、基本の26字では音素を充分に表現できないというような場合には、ダイグラフ、ダイアクリティカルマーク、特殊文字を導入するという措置が取られることが多い。ダイグラフを用いた場合はキーボードでの入力がしやすくなるが、架空文字1文字に対して転写のラテン文字2字が対応するという形になり、曖昧さ(ラテン文字表記から元の表記を完全な形で再現できないなど)が発生する恐れがある。ダイアクリティカルマークや特殊文字を用いれば、入力の手間はあるが、架空文字とラテン文字を1対1で対応させやすく、転写のルールが簡略であるうえ曖昧さもない。そのほか、アポストロフィを子音字の直後に打って新しい子音音素を表したり、母音字の直後に打ってアクセントや長母音を表すという方法もあり、この方法ならば「キーボード入力の利便性」と「曖昧さの回避」を両立することができる。ただしこの方法では、アポストロフィをほかの用途(省略を表すなど)に用いることができなくなるという問題がある。
雰囲気や美観を重視して作られた言語の場合、入力のしやすさを度外視してダイアクリティカルマークや特殊文字を惜しみなく採用している例もある。
c、q、xはしばしば多くの人工言語作者に最後まで持て余され、余った音素に割り当てられることが多いようである。[7]
ラテン文字には本来ならば大文字と小文字の使い分けがあるが、人工言語の転写では、元の表記体系に大文字と小文字の区別に相当するものがない場合、転写するときに小文字のラテン文字のみを用いることになっている言語もある。また、大文字と小文字に別々の音素を割り当てている人工言語もある。[8]
ラテン文字一覧
ここでは基本字であるとされている26字を挙げる。言語によっては他に特殊文字やダイアクリティカルマーク付きの文字が用いられることもある。また、言語によっては必ずしも基本の26字すべてが用いられるとは限らない。
大文字 | 小文字 | 分類 | 典型的な音価 | 備考 |
---|---|---|---|---|
A | a | 母音字 | [a]、[ɑ] | |
B | b | 子音字 | [b] | |
C | c | 子音字 | [k]、[s]、[ts]、[tʃ]、[dʒ] | 言語によって様々な音を表す。人工言語では[ts]や[tʃ]に充てられやすい。 |
D | d | 子音字 | [d] | |
E | e | 母音字 | [e]、[ε] | |
F | f | 子音字 | [f] | |
G | g | 子音字 | [g]、[x]、[ɣ]、[ʒ]、[dʒ] | 人工言語ではもっぱら[g]を表す。 |
H | h | 子音字 | [h]、[x] | |
I | i | 母音字 | [i]、[ɪ] | |
J | j | 子音字 | [j]、[ʒ]、[dʒ] | [j]を表す言語と[ʒ](または[dʒ])を表す言語とに大別される。 |
K | k | 子音字 | [k] | |
L | l | 子音字 | [l] | |
M | m | 子音字 | [m] | |
N | n | 子音字 | [n] | |
O | o | 母音字 | [o]、[ɔ] | |
P | p | 子音字 | [p] | |
Q | q | 子音字 | [k]、[kw]、[q]、[tʃ] | 人工言語では[tʃ]や[kʷ]に充てられやすい。 |
R | r | 子音字 | [r]、[ɾ]、[ɹ]、[ʀ] | |
S | s | 子音字 | [s]、[z] | |
T | t | 子音字 | [t] | |
U | u | 母音字 | [u]、[ʊ]、[y] | |
V | v | 子音字 | [v] | |
W | w | 子音字(まれに母音字) | [w]、[v] | |
X | x | 子音字 | [ks]、[x]、[ʃ] | 人工言語では[ʃ]に充てられやすい。 |
Y | y | 子音字または母音字 | [j]、[ʝ]、[y] | 子音[j](または[ʝ])を表す言語と母音[y]を表す言語とに大別される。 |
Z | z | 子音字 | [z]、[ts] |
上記の表で紹介した「典型的な音価」とはあくまでも目安であり、どの文字にどの音価を割り当てるかは究極的には言語作者の裁量に委ねられるものである。また、キーボード入力の便宜などの考えから、子音字であるとされている文字に母音音素を割り当てることなどもあり得る。[9]
注釈
- ↑ 日本語のローマ字など。
- ↑ 表音文字の類型として、他にアブギダやアブジャドがある。
- ↑ 例外として、ノシロ語は独自文字を持っている。
- ↑ 対照として、例えばアブジャドであるアラビア文字は母音の表記に難があり、ハングルは同一音節内の子音クラスターを表現するのが難しい。
- ↑ 対照として、キリル文字は1字1音主義に近いため、文字のイメージからかけ離れた音を割り当てることに抵抗感が強いと考えられる。
- ↑ 音節文字の場合は仮名文字やハングルで転写することも考えられる。
- ↑ 極端な例ではあるが、アルカではqを母音[ə]に割り当てている。
- ↑ 例えばクリンゴン語の転写では小文字のqは[q]、大文字のQは[q͡χ]を表す。
- ↑ 例えばノジエールではLを/je/、Qを/jo/に割り当てている。